関東戦#3もてぎ

2018年02月25日

#1トリンバ、#2嵐山、と立て続けてノーポイント。
今年のNBは強豪ぞろい。
昔○○やってた人って人が多い。。。

#1トリンバは、
路面が悪い中、あんなに練習したのに、全く太刀打ちできなかった。
力のない人は止まったら5点になってしまう。
流れるように止まらないで一発で綺麗に行くしかない。要するに 0 or 5 。
風邪で体調が悪すぎたのもあったけれど、、調子が良くてもダメだっただろうから、ちょうどよかったのかもしれない。

#2嵐山は、17位。
大きい石に見た目でやられて、行ける能力があるのに目がついていけず、ギクシャクして、行けるのにミスして5点を取ってしまった。これがなければポイント取れた…。
でも最大の収穫は行ける能力があるって気付いたこと。
みんなが3点で行ってる1secをあわやクリーン!の5点…orz。
それもまさか行けると思わなくて、びっくりしちゃって、なんでもないところでつっかかってしまった。。。自分を信じよう。

しかーし、このまま関東戦に出てたら練習ができないので、今年の参戦は諦めるか否か、この頃から迷い始める。
今年は厳しいんじゃないかと…

窮地に陥ってる私にくみちゃんのメッセージが染み入る…。
辛い時に支えてくれる人…。
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そして迎えた#3もてぎ。
遊びなのに、ぴりぴり、そわそわ。ストレスが私を襲う。
試合が終わるまで、本当に逃げ出したい気持ちでいっぱい。
この緊張感、楽しんでるんだけど、それを通り超して、なんとも言えない感じ。
自分から飛び込んでおいて、逃げたいって意味がわからないけれど、そんな感じ。

そんな状況でいきなり1secでバック取られて5点…。
でも、どう考えてもバックしてない…誤審だった。
終わった…。………普通ならこう考えるだろうけど、今の私は違う。
去年の私だったらもう嫌になって投げ出して、遊びに走ってただろう。
何が起こるかわからない。
去年の嵐山のように投げ出して後悔したくない。
一つ一つ、丁寧に、。

そして、状況から見て、遅くなればなるほど丸太は滑り出すと踏んで、早回りが正解。
ヨシオさんが乗り移ったかのごとく、踏ん切りつけて次々トライ。
だけど慎重に、人の走りを見て路面状況をしっかりと確認する。
そして、結果8位。

微妙な順位だけど、
でも、
去年は13位、それより高順位。
やっぱり間違ってなかった。と去年の自分がやってきたことを肯定してくれる結果に嬉しかった。

試合のストレスから解放されて、終わった後のみんなでワイワイお茶の時間が本当に心地いい。
結果は結果、もうやりきって、同じ場所を走りきった仲間とのおしゃべりが楽しくてとまらない。
そんな空間にも、くみちゃんは美味しいスイーツを持ってきてくれて、さらに楽しくしてくれる。

次週はトリンバの県大会。
トリンバを攻略しないとNAへの道はない。と確信して年末年始に篭って練習したけど、その成果がでるのか出ないのか。
白井に行かないので心配がられたけれど、勝つには必要なんだと自分で考えたこと。
そんなトリンバも生半可な練習じゃ太刀打ちできないのはわかっているけれど、
少しは成果を出したいなと。去年よりは良い結果がでたらいいなと。
県大会で少しでもポイント取れたら、引き続きNA目標にして参戦しようと思ったのでした。
by yumuy at 00:00 | 東京 ☁ | Comment(0) | bike>trial | *

ヨシオさんとの思い出

2018年02月20日

ヨシオさんとの思い出

まだ私がトライアルを始めたころ、
BENさんに連れられて、代田村の大会で道志に行った。
沢がまったく走れなくて、そこをスイスイと走り抜けてたのがヨシオさんだった。
途中、絶対行けなさそうな沢の中の大岩のステア。そこもスイっと登る姿は目に焼き付いてる。
うわっ、上手い人だな。
そして直ぐ帰ってしまう姿にベテランの域を感じた。

その後も何度か道志で練習をしていると、そのうち少し目にかけてくれるようになって教えてもらった。
こんなすごい上手い人に教えてもらうなんて、と思いながら。
南牧という大会ではこの沢を10往復くらいしないと出られないんだよ。と、私にはまったく関係することはないだろうな…とその時は思ってた。

ヨシオさんがSSDTに出場した時、サポートカーの運転をしないか?と言われたけど、その頃はペーパードライバーだったので、絶対無理だったんだけど、その後ですごく後悔。

私の家が火事で燃えてしまった時、
倉庫で整備をする私に、なんでか、ふるーいgasgasのフロントサスを貸してもらったけど、私にはどうにもできず。。。
なんであんなの貸してくれたんだろう???
でも整備テクの凄さも感じてた。

イーハトーブで全セクショントライするのが目標になってた時、
どうしてもお手本が欲しくて、ヨシオさんに同行願った。
その時、パンクしたフロントタイヤをマイナスドライバーですんなり処理したり、まったく焦らない姿は圧巻だった。トライアルのノウハウがヨシオさんには詰まってる。

そしてヨシローとヨシローパパと親子でのイーハトーブ走破に入ってもらった。
ここでもパンクした親子をサポートしてくれて大活躍だった。
電装系には強くて、1日目の終わりの黒崎荘の前で整備をずっと手伝ってもらってた。

そのイーハトーブで事故が目の前で起こったとき。
ヨシオさんはその人にすぐさま駆け寄って「大丈夫だよ、もう少し我慢だよ。大丈夫、大丈夫。」とずっと声をかけていた。
私は顔面から地面に落ちたその人の顔も見られず、一歩も動けなかった。
何も出来ない自分の弱さとは逆にヨシオさんの強さが心に残った。

離婚をして、寂しさを埋めるためにトライアルを始めた時、
何もなくなって、本気でトライアルに向かう事が出来るようになった時なのかもしれない。その時、ようやっとヨシオさんと本気度合いが同じレベルに達したのかもしれない。
私はなりふり構わず出られる大会には出た。
そしてヨシオさんの指標でもある「南牧耐久」に出た。
あの頃はまさか出られるとも想像してもなかった大会。
そして初出場で完走。
ヨシオさんは私よりも上位で、しかも最高齢。
ヨシオさんは省造さんより高い年齢で完走した事をとても誇らしげにしていた。

そしてそのヨシオさんに病魔が巣くっていた。
私の父と同じ、肺癌だった。

私はそれを聞いた瞬間、呆然として、涙が止まらなかった。
何かを失ってしまう、その事に対峙できなかった。
覚悟はしていたけれど、トライアルの仲間は高齢で、そのうち旅立ってしまう人が出てくるんだろうなと。。。
それがヨシオさんだとは思いたくなかった。

それからヨシオさんは独自で治療を初めて、癌ともきちんと向合って戦った。
そしてトライアルに再び復帰するために努力していた。
たぶん、トライアルへの強い思いがヨシオさんを動かしていた。

霧降高原のイベントに参加したヨシオさんは、そこでまた一つ受け入れなければならなかった。
一つあきらめ、受け入れ、対峙していく。
さらに、一つあきらめ、受け入れ、対峙。。。

私だったら、本当に辛いし、苦しいし、八つ当たりもしたくなるのに、
ヨシオさんはそんな様子も見せずに、今の状況を受け入れ、その中でできることをしてた。それでもトライアルへの思いは強かった。

ヨシオさんは若い時、ワンマンで独り行動が多く、友達はいなかったけれど、「こんな自分と付き合ってくれてありがとう。」と、トライアル仲間みんなに感謝してた。
そしてトライアルと向合わせてくれた省造さんにとても感謝してた。
さらにその省造さんを産み、戦地から逃げ連れてきてくれたおばあさんにも感謝してた。

最後にお会い出来たとき、トライアルの話をするととても嬉しそうで、本当にトライアルが好きなんだなと、そんなトライアルの時間を少しでも過ごしてもらいたい思いでいっぱいでした。

トライアル人の終焉を間近に見させていただいて、とても学ばせてもらいました。
ヨシオさんありがとう。
ヨシオさんみたいに、がんばるね。
by yumuy at 22:05 | 東京 ☀ | Comment(0) | bike>trial | *