絶対なりたくない怪我は関節系の複雑骨折。
絶対なりたくない病気は肺がん。でも死亡原因第一位。
10年前、父が心筋梗塞になって心臓のバイバス手術を受けた。
6時間以上にわたる大手術。無事成功してICUにいた。
父のベッドの隣は若い30代そこそこの男性で、奥さんらしい若い女性が付き添っている。
まさに美男美女。
でも彼は肺がん末期。とても痛そうな辛そうな表情でベッドの中でもだえてる。
がんの痛みはどんな痛みなのか私には全然わからなかった。
彼女は彼の些細な動きでもそこから気持ちを汲み取ろうとしているし、
彼は必至に感謝の気持ちを痛い伝えようとしているのが痛々しいくらいにわかる。
病魔に食い尽くされている体は骨と皮、
細い首から必至にか細い声を出そうとしているけれど、ヒューヒュー言ってるだけで出ない。
肺がんは切除できない部位だから治らない…と記憶している私。それは間違っているかもしれないれど、
もう彼は長くはない…という空気感が周りに漂っていた。
年老いた父は生きることができ、対照的に若い彼は死に直面している。
同じICUにいるのに周りの空気がすごい違う。
痛みに耐えながら希望もなく死ななきゃいけないなんて、私には耐えられないかもしれない…。
ずっと生きていたいとは思えず、いつ死んでもいい、その覚悟はできてると思っているけれど、
肺がんという死に方はできるならば避けたい死に方。
……
先月、父が入院しました。
腰が痛いと今年の春から医者に訴えていたのですが、やっと原因がわかりました。
2年前に心不全で入院した時のレントゲンで、それはすでに映っていたのですが、
もう全身あちこちに転移していて末期状態。体力がないので調べられませんが、高い確率で原発性肺がんだそうです。
毎日「痛い…痛い…」と言ってます。
医師から告知された時「この時が来たか…」と思いました。
私が20歳まで生きられればいいと、私は生んでもらいました。
それがもう30代。よくがんばってくれたと思います。
でも頑健な父の体を蝕んだのは父である自分自身だとも思います。
10代から喫煙三昧・アルコール依存症、
それは89歳までずっと克服できずに自分の体を痛めつけていました。
「工房でコロっと逝っちゃうんだ」が口癖だったのに、
現実は好き勝手やってきた代償を払わされる形になってしまったように見えます。
「俺はがんになんてならない」と豪語して、
私もこんなに吸ってもならない人はいるんだと思い始めてました。
放射線治療を始めて、5回照射。予定回数10回の丁度半ば。
痛がってないのに、モルヒネを投薬されて、嘔吐。
それが肺に入ってしまい肺炎。先週はかなり危ない状態でした。
それでも抗生剤が効いて快方に向かい、母と喜んでいましたが、
肺炎は今もまだ父の肺に巣食っています。
80年間、煙を吸わされた肺のCT画像は素人でもわかるくらいすさまじい絵です。
きめ細かい肺の細胞は影もなくボコボコの大きな固まりになり、
うまく空気を取り込めない状態になってしまっています。
見るからに息苦しそうな呼吸をしている父の肺です。
そして昨日は下血。凄い量の血液が出てました。
凝固剤を点滴に入れますが、点滴を無意識なのか外してしまいます。
そこらへん血だらけ。個室の部屋はかなり殺伐としてます。
点滴をいれようとすると痛がって殴りかかります。
よくもそんな力があると思うほど。
看護婦さんは逃げますが、よく殴られた私は殴られても父の力が弱くなったのを感じて悲しくなります。
ここ毎日が急変で、父の体力をどんどん奪って行ってます。
あの10年前の肺がんの男性のように骨と皮になりつつある…。
今日は私の顔を見るなり、
「汚い顔だ!」とびっくりして私の顔をタオルで拭こうとしました。
そして病室の天井をみるなり「なんて汚い部屋なんだ!」と怒ってました。
私の顔が汚きゃいいんだけど…。 たぶん目にきてる…。
目標は家に帰ること。一時帰宅を目指してます。
しかし状況はより悪い方向へ行っちゃいます。
空気が重くなっちゃうんで書きたくはなかったんですが、
そうは経験できない事柄で、そこから多くを得てる気がします。
……
そんなことを仕事と病院での日々の空き時間で綴っていました。
「がんばれよ」
父ちゃんの最期の言葉です。
父親としては情けなかったんですが、最期はちゃんと父でした。
今は安らかな寝顔です。あんなにいろんな事に怒ってたのに、微笑んでます。
その時が来たら泣けないんじゃないかと思ってたんだけど。
しゃっくりよりも涙が止まらないのがつらい。
昨日は病院にお迎えにあがりました。
生前ボルボで帰りたいと言ってたので叶えてあげました。
15年前に父ちゃんがボルボを買う時に、
「死んだらこれで運んでもらうんだ」って言って買った車でした。
だから手放せないでいたのかもしれません。
帰り道はお婆ちゃんが眠るお墓に寄り道。
きっと嬉しかったんじゃないかな。
カゴの中の鳥が放たれた感じがしますが、
カゴの中にいた鳥は外の世界が恐かったりもします。
でも自由だ。
父ちゃん、がんばるよ。